| クラブの誕生秘話 |
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クラブ誕生の年代は、はっきりしませんが、恐らく、平成9年頃の事だと思いま
す。が 話はさらに1〜2年遡らなければなりません。 その当時の私には日曜祭日が無く、仕事の合間にかなり強引に時間を作っ ては釣りに出掛けていました。 ところがバブルの崩壊とやらの煽りが私の所にも遣って来たみたいで、仕事 は有るのに売上に結びつかないと言う これもよく有る話で、貧乏暇無し状態 になり、当然として昼の釣りが出来なく成りかけて居た頃に私の石鯛の師匠 である笠井師より、イカ釣りも面白いよ、と言われたのが 私がメトイカ釣りに 行くきっかけだった気がします。 もっとも石鯛釣りが早上がりになった帰りに宇佐美あたりで生き鯵でのアオリ イカを笠井師から教わったのが最初ですが。 暫くの間、三崎にて夜のメトイカ釣りを笠井師よりご指導を受けていた頃の釣 り場で、ここで釣りする人達は声を聞くと誰かは分かるけど、昼に合って顔を 見ても声を聞くまで誰かわからんな。と 言う声が聞こえて来たのですね、そ の事に関しては私も感じて居たので、その夜のメトイカ釣りの帰りがてらに笠 井師に、夜だと仲間が居ても分からんから、自分達親しい仲間のステッカー を作って、車と、クーラーボックスやバケツなんかに、貼れば良いじゃない! そうすれば駐車場で誰が居るか解るし、どのポイントに居るかも解る分けだ よね。その当時の自分らのメト仲間といえば、イカリーダーの笠井師とその弟 子として村井氏、荒井氏、そして私こと東海林の4人でした。 そしてステッカ−を作ることに成ったのだが、そこは おきまりのコースで どうせ作るならクラブ名にしよう。なにか格好いいクラブ名は無いかと成った のですが、肝心のクラブ名がなかなか出てこない。一週間程悩む羽目に成 り・・ああでも無い、こうでも無いと真剣に考えれば考えるほどお馬鹿さんなネ ーミングに成って行ってしまう。これは不味い此の侭では、お笑いクラブに成 ってしまう、そこで最初にクラブのモットーを作ることに、 物事にとらわれ過ぎずに 柔軟な 発想を以って 自由に 楽しく 釣りをしま しょう。(実は私が勝手に作っちゃいました。) 因みに、石鯛針で鯵を釣っても良いじゃないか。釣れるものなら。と言うのも 有りました。これが クラブのモットーと成り、easy fishing club イージーフィッ シング クラブ と成ったのです。(実はこれも私が勝手に名付けちゃいました。) 現在はクラブ会員数が20名になりました。会員の皆さん1人々が自分なりの 釣りをしていることと思います。 また、色んな釣りに挑戦してみて下さい、色んな仕掛けとかも考えて、試して ください。私などは、変な仕掛けを作っては人に何じゃそりゃ!とよく言われま すが、不思議なことに、それなりの結果が出ますし、なにより 考えている時 も作る時も、とても楽しいものです。 |